7/2ブラタモリ感想!歴史ある若松城に秘められたアイディアとは?

前回に引き続き、7/2放送されたのブラタモリについて書いていきます。
前回の記事はこちら

7/2ブラタモリでは会津の町を訪れました。

会津人は我慢強く耐え忍ぶというイメージが広く一般的に持たれていますが、実はそれと同時にアイディアマンだったということでした。

そして会津人のアイディアは町のいたるところに散りばめられているとのことで、番組では色々と紹介されていきました。

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若松城のアイディア

会津のトレードマークとされている若松城。(地元では鶴ヶ城)

幕末の最後の戦い戊辰戦争で一ヶ月間攻め続けられ他にも関わらず、その攻撃に耐えた城として世に知られる名城ですが、この若松城に会津人のアイディアがあるとのこと。

それは何かというと若松城の拠点が置かれた場所、それがアイディアとのことです。

若松城の場所は扇状地

若松城の場所がアイディアとはどういうことか、少し細かく書いていきます。

会津の町は会津盆地にあります。

ちなみに盆地とは周囲を山に囲まれた場所のことを言います。

若松城は会津盆地の南東部分に建てられています。

南東、つまり町の端っこですね。

僕の感覚からしたら、せっかくなら盆地の真ん中にお城を建てればよいのに、なんで端っこに建てたんだろうと思いました。

しかし南東部分に建てたのは理由がありました。

若松城がある場所は扇状地

実は若松城が建てられた場所は扇状地だったのです。

扇状地とは、山から流れてきた川が平野に出たところで砂や砂利がたまって出来る地形のことです。

山間部を流れる川は水の勢いが強いですから、山を削って流れています。

それが平野部分に入ると川の流れはゆるくなりますから、山間部で削りとった砂や砂利などがたまるわけです。

そうして出来た扇状地は、地盤がとても安定しているとのこと。

ですからお城を立てるのにはもってこいの場所だったというわけです。
ちなみに若松城が出来たのは1384年です。

今でこそ扇状地の性質などが地学的に分かる時代ですが、この頃の会津人はどうやって扇状地の性質を見ぬいたのでしょうか?

地形を見ただけで、「この地は地盤が安定している」と見抜けるなんて、すごいことだと思いました。

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盆地の中でも高い位置にあり、水の確保も出来る!

それだけではありません。

もともと会津盆地は南東が高いのですが、湯川が作り出した扇状地により更に50メートルの高さが加わっているとのこと。

つまり若松城の場所は会津盆地の中でも広く、そして高い位置にあるということ。

高い位置にあるということは、敵が攻め込んできた時に有利なわけですね。

そして扇状地にあるということは、山間部から流れてきた川が近くを流れているわけです。

生活に欠かせない水源を抑えるという意味でもこの地は最適だったというわけです。

まさに城を置くのに最適な場所だったわけです。

日本でもかなりの広さを持つ会津盆地ですが、その中でも最適な場所に城を建てることが出来た会津人のアイディアには驚かされますね。

城下町にもアイディアが!?

次にタモリさん達が訪れたのは若松城の城下町です。

この城下町とは城を中心として発展した町のことですね。

さて、この会津の城下町にも会津人のアイディアがあるということです。

一体どんなアイディアなのでしょうか?

次の記事に続きます。

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