ブラタモリ 猪苗代湖を驚くべき方法で利用し会津の水不足を解消!?

引き続き7/2のブラタモリについて感想を交えながら書いていきたいと思います。
前回の記事はこちら

7/2のブラタモリでは会津の町にタモリさん達が訪れました。

会津人は我慢強く耐え忍ぶイメージが強いですが、実はアイディアマンだったとのことで、会津の町に散りばめられているアイディアを巡っていくというのが今回の旅の目的なわけです。

前回の記事では若松城の城下町に存在しているクランクについて書いてきましたが、そのクランクは町を通る水路の水流の向きを調節するためのものということでしたね。

水流を調節して町全体に広く水を普及させたことで、会津の町は東北有数の大都市として発展してきたわけです。

水道と町の関係は切っても切り離せないというわけです。
ところで町が大きくなっていったのはいいのですが、今度は新たな問題が発生してきました。

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町が発展し水不足に!?

さて街の発展に伴う新たな問題とは何か?

それは水不足です。

水路が発達し町が発展してきたのは良いのですが、人口が増えてきたことで更に水が必要となりました。

水は川から直接引いてきていたのですが、それだけでは間に合わなくなったのです。

このままでは、せっかく発展した町が縮小してしまいます。

そこで会津人がとった行動は大胆なものでした。

遠く離れた湖から水を引いてきた!?

水不足解消のため会津人がとった大胆な行動とは、なんと遠く離れた猪苗代湖から水を引いてくるということでした。

猪苗代湖は日本で4番目に広い湖です。

猪苗代湖(1)
出典:「www.bandaisan.or.jp」

なるほど、それほど広大な湖であれば水不足の解消になるわけです。

しかし先ほどのも書きましたが、相当遠いです。

しかし、遠くにある遠い距離にある湖から会津人は水を引くことに成功します。

それがと戸ノ口用水です。

戸ノ口用水

さてこの戸ノ口用水ですが、全長はどのくらいの長さだと思いますか?

5キロ?

10キロ?

それとも15キロ?

いやいや、そんなものではありません。

戸ノ口用水の全長は31キロにも及びます。

31キロといえば、京王線で例えると新宿駅から高幡不動駅以上の距離です。

そんな長い距離を昔は機械がありませんでしたから、全て手作業で用水を作っていったわけです。

しかも工事にかかった年月は70年

70年と言ったら、ほとんど人の一生分の時間はかかっているわけです。

町の水不足解消のためとはいえ、ここまでするとはすごいことだと思いましたよ。
さて、この戸ノ口用水ですが、ある部分に会津人のアイディアが隠されているということです。

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切り通しで作らた用水!?

普通、用水というのは、地形にそう形で作られます。

水が通る先に障害物があれば、その障害物を避ける形で遠回りで通していくわけです。

ところが戸ノ口用水にはその障害物に当たる山の部分を切り通しで作られた部分があります。

切り通しとは、山の部分を削りとって道を作ることを言います。

山を削るわけですから当然めっちゃくちゃ時間と労力がかかります。

なんせ手作業なんですからね。

なぜ、わざわざ切り通しで用水を通したのでしょうか?

地質を見ぬいた会津人!

実はこれには地質の問題があったのです。

ここ近辺の地質は100万年前の火砕流で出来ているとのことで、地面が脆い都のことです。

普通に地形にそう形で用水を通したら、水を流しているとどんどん崩れてしまうそうでず。

だから、この部分だけ切り通しで作ったとのこと。
この用水が作られたのは江戸時代の事ですが、ちゃんとその頃の会津人達は地質を見ぬいていたわけです。

31キロの距離もある用水を作るのでも大変なのに、ちゃんと地質まで見ぬくとは、本当にすごいと思いますね。

もし、地質を見抜かずに用水を通したら、途中で用水が崩れて水が漏れだし、町まで水が届かなくなっていたわけです。

もしそうなっていたら70年の努力が水の泡になっていたかもしれないのです。
そうならなかったのは地質を見抜く洞察力と、切り通しで用水を作るというアイディアのおかげでしょう。

いや、本当にすごいと思いましたね。

この戸ノ口用水のおかげで3万石分の水田を潤すことが出来たとのことです。

水が引け、米が育ち、会津が豊かになったわけです。
会津人のアイディアはまだまだあります。

次の記事に続きます。

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