ブラタモリ感想 会津人は農書を歌に変えてしまう?会津歌農書とは?

前回に引き続き7/2ブラタモリについて書いていきます。
前回の記事はこちら

7/2ブラタモリでは会津地方を訪れ、会津人の奇想天外なアイディアが散りばめられた会津のp待ちを巡る旅でした。

前回の記事では、会津の水不足解消のため猪苗代湖から水路を作り城下町まで水を通した戸ノ口用水について書いてきました。

工事完了まで70年の年月がかかりましたが、これにより会津の水田が水に満たされ豊かな土地になったわけです。

戸ノ口用水にも会津人のアイディアが含まれています。(詳しくは前回の記事で

水田が豊かになると同時に農業も発達していきます。

会津人は農業にもアイディアを活かしました。

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農業の技術をまとめた農書にアイディアが!?

農業を行うにあたっては、そのための技術が絶対に必要なわけです。

近代的農学が成立する以前は、洋の東西を問わず農業の技術などをまとめた農書というものが存在していました。

教科書的なものと言って良いと思います。

当然、会津でも農書がありましたが、この農書には会津人ならではのアイディアが含まれています。

農書を短歌にした歌農書

さて、そのアイディアは何かというと、なんと書かれていることを覚えやすいように農書を短歌にしてしまったということです。

短歌というのは五・七・五・七・七の形態を取る和歌のことですね。

百人一首も短歌になっていますけど、けっこう覚えている人も多いと思います。

短歌のリズムって日本人にとってきっと心地よいものだと思いますから、農書を短歌にすることで、複雑なことでもリズムで覚えることが出来るんだと思います。

会津では最先端の農業技術をすぐに口で歌わせて覚えさせていたそうです。

こういったことをするのは日本全国の中でも非常に珍しいとのことです。

ちなみに会津の農書の名称は会津歌農書といいます。

会津歌農書では会津地方の農業にふさわしい技術について短歌としてまとめられていますが、その歌の数なんと1700です。

こんな分量の数ですから、なおのこと短歌にしないとなかなか覚えられないでしょうね。

難しいことを覚えやすく工夫していることは素晴らしいことだと思います。

こういったことは現代社会でも取り入れていいのではないかと思いました。

例えば仕事とかで相手に何かやってもらう時とかに、どうしたらその人が効率よく仕事を覚えられるか、頼む側も考える工夫をすると効率よく物事が進むのではないかと、会津歌農書を見て僕は思いました。

ちゃんとその人に説明しないで、その人がうまく出来なかった時、その人のせいにする・・・といったような傾向があるように感じるからです。

それはすごく効率が悪いように思えます。

会津歌能書のアイディアを取り入れたりすると良いのではないかと思いますね。

まあ、簡単にはいかないでしょうが・・・・。

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最後は飯盛山へ

ブラタモリ、最後の旅として訪れたのは飯盛山です。

飯盛山は戊辰戦争で追い詰められた白虎隊が自決した悲劇の場所です。

白虎隊は10代の少年たちの部隊です。(白虎隊についてはこちらの記事でも書いてます

いったいどんな気持ちだったのでしょう。

年2回、慰霊祭が行われています。
ところでこの飯盛山にはその悲しい事実以外に、会津人のアイディアがつまったある建物が存在します。

それはいったい何でしょうか。

次の記事に続きます。

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