悲劇の飯盛山のさざえ堂には会津人のアイディア満載!ブラタモリ感想

今回も7/2ブラタモリに放送されたブラタモリについて書いていきます。
前回の記事はこちら

ブラタモリではアイディアマンである会津人が作り出した様々なアイディアを巡る旅ですが、タモリさん達が最後に立ち寄ったのは飯盛山です。

戊辰戦争にて白虎隊が最期の時を迎えた悲劇の場所である飯盛山。

白虎隊の霊を慰めるために、毎年春と秋に慰霊祭が行われています。

さて、この飯盛山ですが白虎隊の悲劇とは別に、会津人のアイディアがつまった建物があります。


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悲劇の飯盛山にあるアイディア満載のさざえ堂!

さて白虎隊の悲劇の地、飯盛山にある会津人のアイディア満載の建物とは何か?

それはさざえ堂です。

さざえ堂は1796年に建立されたお堂です。

image
出典:「www.aizukanko.com」

正式名称は円通三匝堂(えんつうさんそうどう)というそうです。

早口言葉みたいな長い名前ですね。

さざえ堂のほうが言いやすいので、さざえ堂と言いますね。

さて、このさざえ堂にはいったいどんなアイディアがあるのかですが、実はさざえ堂の内部は螺旋階段になっています。

つまり階段がグルグル回りながら上へ上がっていく構造になっているわけです。

まるでさざえの貝殻みたいということで、さざえ堂なんて呼ぼれるようになったそうです。

螺旋階段、確かに面白いそれほど珍しくないじゃないか!という意見もあるでしょう。

例えばピサの斜塔だって螺旋階段のわけです。

見慣れている人からすれば、そこまで驚くほどのものではない、という感じで思うかもしれませんが、実はこのさざえ堂の螺旋階段は、ちょっと普通の螺旋階段とは違います。

さざえ堂の螺旋階段の特徴

実はこのさざえ堂の螺旋階段は、二重螺旋になっているのです。

二重螺旋とは簡単に言ってしまえば線が平行して螺旋状になっているものです。

DNAの図を想像してもらえるとわかりやすいと思います。

さざえ堂は登り階段と下り階段が別々の通路になっています。

上り螺旋階段をグルグル回りながら登りそのまま進むと下りの螺旋階段が始まり、グルグル回りながら降りることになるわけです。

なので上りの螺旋と下りの螺旋が絡み合っていて1本の線でつながっているわけです。

しかし上りと下りはけして交わることがなく同じ建物内に共存できているわけです。

何だかすごく面白いですよね。

実際に中に入って螺旋階段を登ってみているタモリさんたちは、かなり面白そうにしていました。

体感的にかなり不思議な感じがしそうです。

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なぜ二重螺旋構造なのか?

さて、この面白そうな二重螺旋構造のさざえ堂ですが、そもそもなぜ二重螺旋にする必要性があったのでしょうか?という疑問が出てきます。
実はこのさざえ堂は西国三十三観音の巡礼のために考案されたものだったのです。

西国三十三観音とは関西地方の観音様のことです。

江戸時代には庶民の間では、西国三十三観音を巡礼することが流行っていました。
そこで会津人は何を考えたかというと、会津にいながら西国三十三観音の巡礼を出来るようにしよう!というものでした。

何という大胆な発想でしょう。

さて、そこでどういう方法をとったのかといいますと、1つの建物の中に二重螺旋階段を作り、その階段の所に1体ずつ西国三十三観音の観音様を祀っていったのです。(現在は祀られていません)

この建物というのがさざえ堂になるわけです。

二重螺旋構造ですから、一方向で上って下る事が出来るわけです。

ですから人と人がすれ違ったりぶつかったりせずに西国三十三観音の巡礼が出来てしまうというわけです。

1箇所で33体の観音様です。

すごい合理的ではないでしょうか。

二重螺旋にしてすれ違わねくてもすむ構造にしたことは非常に面白いアイディアだと思いましたよ。

会津人のアイディアに驚きと同時にユーモアさも感じました。

しかし、このさざえ堂にはまだ驚きのアイディアがあるのです。

集中賽銭採集装置!?

さて、その驚きのアイディアとは集中賽銭採集装置(しゅうちゅうさいせんさいしゅうそうち)です。

なんだか長い名前ですが、これは何かというと、各観音様が祀られている所には賽銭を入れる口がありませて、そこに賽銭を入れると、すべて一箇所に集まるというものです。

どこから入れても賽銭は一箇所に集まります。

三十三箇所の賽銭を集めに行くのは大変です。

だからこの装置を考えたわけです。

これもすごく合理的な発想です。

三十三の観音様を一箇所に祀り、そして賽銭も1箇所に集めてしまう。

会津人のアイディアは非常に理にかなったものです。

いかに労力をかけないようにするかを常に考えていたのでしょう。

さらにお金を1箇所に集めることによって、会津のお金が藩の外へ流出しないようにしたとも言われています。

確かに、複数箇所に分かれているよりも1箇所にまとめたほうが管理はしやすいですし、賽銭泥棒対策もやりやすいですね。

今回のブラタモリでは、会津の町に散りばめられた会津人のアイディアを巡る旅をしてきましたが、会津人の奇想天外な発想には非常に驚かされました。

我慢強く耐え忍ぶイメージのある会津人でしたが、発想力も非常に豊かであることが分かりました。

これほど様々なアイディアがあったわけですから、我慢強いというイメージばかりが前面にきているのはちょっともったいないなと思いました。

せっかくですから、会津人のアイディアマンの一面ももっと広く知られていって欲しい、と僕は思っています。


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