釣りキチ三平の一平じいさんのセリフから考える日本人の電車のマナー

前回は『日本人が礼儀正しいは嘘?電車のマナーにおける海外の反応と比較』という記事を書きました。

日本人は礼儀正しいとよく言われます。

確かに僕もそう思えます。

まじめな人は多いですし、きちんとしている方だと思います。

しかし、こと電車内においてはそうした礼儀正しさと言うものがあまりないのではないか、むしろマナーがあまりよろしくない人が多いと海外の人からの声も上がっている、というようなことについて書いています。

日本人は思いやり精神はある方だと思いますが、特に満員電車ではその精神が薄まっているように感じられます。

お年寄りに席を譲る人は人はそれでもいらっしゃいます。

こういったところは日本人の譲り合いの精神ではないか、という意見もあるかもしれません。

しかし僕がローマに3ヶ月滞在では、ローマの電車では日本人よりもお年寄りに席を譲る率は高かったように思えます。

東日本大震災では、譲り合いの精神が表れ、世界から賞賛されていました。

災害時の日本人の行動は誇れるものが大いにあるでしょう。

しかし、電車内ではそういった精神は残念ながら発揮されていないと感じられます。

どうして、では電車では譲り合いの精神がなくなってしまうのでしょう。

1つには鉄道へのありがたみを忘れていることが、こういった譲り合いの精神が減っている原因を作っているのではないかと僕は考えています。

今回はそのことについて書いていきたいと思います。

スポンサーリンク

日本の鉄道の素晴らしさ

駅へいけば必ず電車はやって来ます。

特に都心では電車はしょっちゅう走っていて、本数も多く便利です。

電車には時刻表がありますが、基本的に殆ど時刻表通りに電車は動いています。

そうは言ってもトラブル時には電車は遅れることもありますが、いやしかし、それでもほとんど時間通りに電車は動き続けているのです。

電車が動き続けることなんて当たり前じゃないか!、と思われるかもしれませんが、これほどきちんと時間通りに鉄道が毎日運行されるということは世界から見ると驚愕の事実なのです。

日本人の真面目な精神は、こうした所に表れているといえるでしょう。

日本の鉄道運行システムは胸を張って誇るべきことでしょう。

海外では電車は時間通り動くことのほうが少ないです。

電車に乗ろうとしたら、いきなりストライキになり、乗れなくなってしまうなんてこともあります。

僕がローマにいたときも経験しています。

鉄道のありがたみ忘れてしまってる・・・

しかし、僕達日本人(特に都会人)は、『鉄道が動いている』というすごい事実を、『そんなのは当たり前だ』という風になっています。

水道の水のありがたみを忘れているのと同じように、鉄道に対するありがたみを忘れてしまっているのです。

電車がちょっとでも遅れようものならば非難の嵐です。

確かに、今の日本の世の中は『鉄道が正確に動くことが前提』で動いています。

だから電車が遅れたら一大事になる状況というのは分かりますが・・・・。

スポンサーリンク

矢口高雄さんの漫画『釣りキチ三平』では、このことを象徴するシーンが描かれています。

セリフを引用してみます。

鈴木
「架線事故で臨時停車・・・・!?二 三時間おくれるらしい

なんてこった こんな時に列車が立ち往生なんて・・・・

予定ではもう新幹線に乗ってなきゃならん時間だというのに」

一平じいさん
「鈴木さん そんなにイライラしなさんな」

鈴木
「しかしなにも よりによってこんな日に・・・・」

一平じいさん
「いやきょうのわしらは こういうめぐりあわせに あったんじゃよ

だいたいおめえたち都会人は便利ちゅうもんになれきってしまって・・・・”まつ”ということをしらん

線路さえあれば列車は走ってくれるもんと思っとる

駅にさえかけこめば 電車はいつでもはしってくれるもんと思っとる

だからちょっとでもおくれようものもんなら たちまち文句をたれる・・・・・」

出典元:矢口高雄、「釣りキチ三平」、講談社、1987年、205〜206ページ

僕は小学生の頃、釣りキチ三平を読んでいましたが、この一平じいさんのセリフに衝撃を受けたのを覚えています。

確かにその通りだと。

駅に行けばいつでも電車は走ってくれてるもんだと思っていましたが、実はそれはすごいことなんだと。

運転士さん、車掌さん、駅員さん、その他鉄道関係の人々の力で鉄道は動かされてるんだと子供ながらに考えさせられました。

鉄道へのありがたみを感じれば、マナーも向上!

僕は思います。

電車が走ってくれていることを当たり前だと思わず、動いてくれていることが如何にありがたいことかを人々がちょっとでも意識すれば、電車の中にも日本人の良さが芽生えてくるのではないかと。

電車の中で人々の思いやる気持ちを持つためには、まず鉄道のありがたみを改めて考えるところからではないかと感じています。

そうすれば心に余裕が出て、相手を思いやる気持ちも芽生えていくと思います。

マナーはそうした心の余裕から生まれていくものだと僕は思います。

日本人の助け合う精神が電車内で発揮されれば、きっと海外の人々も「日本人は電車でもマナーが良い」という風に見直してもらえるかもしれません。

何だか今回は説教臭い記事になってしまいました。

電車マナーに関しての個人的な考えを綴った記事でした。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする