クシャナの腕は義手ではない?ナウシカ原作漫画の殿下の体は五体満足

※この記事では映画版『風の谷のナウシカ』について書いていますが、原作漫画版『風の谷のナウシカ』のネタバレも多く含みますのでご注意ください。

今回もスタジオジブリ作品宮崎監督の『風の谷のナウシカ』について書いていきます。

これまで書いてきた『風の谷のナウシカ』の記事は以下からどうぞ。
⇓    ⇓    ⇓
『スタジオジブリ宮崎駿作品『風の谷のナウシカ』まとめ』

『風の谷のナウシカ』は、風の谷の姫であるナウシカが自ら谷のために運命を背負い戦っていく姿を描いた映画です。

姫様みずから率先して活躍するというのが『ナウシカ』の特徴と言えましょう。

出典元:楽天市場「風の谷のナウシカ 風に乗って(500-230)エンスカイ 500ピース ジグソーパズル

ところで『風の谷のナウシカ』では姫様はもう1人います。

トルメキアの皇女、クシャナです。

部下からは「殿下」(でんか)と呼ばれています。

常に不敵な笑みを浮かべていて、少々邪悪な雰囲気で見た感じかっこいいです。

しかし、映画が進むにつれ、かっこよさは霞んでいき、逆に無能さが目につくようになるでしょう。

腐海のど真ん中でピストルをぶっ放したり、後半で王蟲の群に対し未完成の巨神兵でなんとかしようとしたりなどなどです。

特にアスベルの襲撃により船墜落の危機からガンシップで助けて貰ったにも関わらず、ピストルを向けて言うことをきかそうとしてるところは、何だか愚か者という感じで映ります。

かっこいいのは見た目だけか?、、という感じです。

ところで、『ナウシカ』には映画の他に原作漫画版と言うものがあります。

原作漫画版は映画版とはかなり異なります。

ほぼ別作品と言っても良いくらい違うストーリーで、ある意味映画版と漫画版はパラレルワールドと捕らえてもよいのではないかという感じです。

『風の谷のナウシカ』漫画版については以下の記事で書いています。
⇓    ⇓    ⇓
『風の谷のナウシカ原作漫画の感想!映画と違い過ぎる絶望的なラスト』

その漫画版ではクシャナ殿下は映画版と全く性格が違い、非常に人間が出来た人物でかっこいいキャラです。

出典元:楽天市場「宮崎 駿 風の谷のナウシカ 第3巻

その事については以下の記事でも書いています。
⇓    ⇓    ⇓
『ナウシカ原作版のクシャナが部下から慕われる魅力と名セリフを紹介』

映画版と原作漫画版でのクシャナの違いにについては、また後述しますね。

さて、クシャナ殿下は常にマントを羽織い腕と足に鎧を付けています。

その姿は殿下の見た目のかっこよさに拍車をかけています。

いやしかし重そうです。

「その重そうな鎧、ちょっとはずしませんかね」、と言いたくなりますが、実は外すことが出来ないわけです。

なぜなら鎧の下は・・・・・・・

その理由は映画を見た方であればご存知でしょう。

今回はそのことについて書いていきますね。

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鎧の下は、なんと?!・・・・クシャナの体の秘密

さて、クシャナの鎧の下がどうなっているのかは、映画後半で明かされました。

(映画を見た方であればご存知でしょうが、順を追って書いてみます。)

映画後半、トルメキアの皇女のクシャナは風の谷に捕らえられます。

ロープで縛られています。

風の谷はトルメキアの支配下にある辺境の小国に過ぎません。

そんな支配下の小国にトルメキアの姫様が捕らえられ、ロープで縛られているとはなんとも皮肉な話です。

ユパは縛られているクシャナに対し頼みます。

巨神兵を酸の湖深く沈め、本国へ帰ってくれぬか?

谷に残る兵は少ない。

今、戦うはやさしいが、これ以上の犠牲は無意味だ。

出典元:宮崎駿監督「風の谷のナウシカ」トップクラフト

しかしクシャナはその要求を聞き入れません。

ユパに対し次のように答えました。

やつには火も水も効かぬ。歩き出すまでは、もはや動かすこともな。

わからぬか?もはや後戻りはできないのだ。

巨大な力を他国が持つ恐怖ゆえに、私はペジテ攻略を命令された。

やつの実在が知られた以上、列国はこの地に大軍を送り込むだろう。

お前たちに残された道は一つしかない。

巨神兵を復活させ列強の干渉を排し、やつと共に生きることだ。

出典元:宮崎駿監督「風の谷のナウシカ」トップクラフト

クシャナもクシャナで色々と大変だというのを感じさせる場面です。

そして彼女なりの決意をユパたちに見せたかったのでしょう。

クシャナ殿下は上記のセリフのあと、腕の鎧を外します。

映画を初めてみた人はこのシーンでぎょっとしたことでしょう。

腕の鎧の下、何もないのですから・・・。

手首の中が空洞になっています。

鎧で覆われた腕全体が義手だということです。

ということは、鎧で覆われた足も全部義足だと考えられます。

ですからクシャナの体は多くの部分が欠損しているという事です。

理由は蟲にやられたとのこと。

クシャナはユパに次のように言っています。

我が夫となる者は、さらにおぞましきものを見るだろう。

出典元:宮崎駿監督「風の谷のナウシカ」トップクラフト

このセリフから、恐らく手足だけでなく、他の部分も悲惨な事にもなっていると思われます。

冒頭でも書きましたが、映画版のクシャナは愚かさが目立つキャラクターではあります。

しかし、鎧の下の義手を見てからは、彼女は非常に気の毒に思えました。

映画版の彼女は愚かさが目立つキャラクターではありますが、蟲に手足を持っていかれたたという経験からそのようになったとも考えられます。

もっとも、蟲に手足を持っていかれるということは、蟲達を怒らせるような事をしていた可能性もあります。

なので、ただ単にクシャナは被害者なのだとは言い切れないと言えましょう。

難しい問題です。

名言「我が夫となるものは・・・・」は映画版だけ?!実は腕は義手ではなく、体は五体満足!

映画でのクシャナは、この義手シーンのインパクトが強いため、クシャナと言ったら腕や足がないというイメージが強くあることでしょう。

また、

我が夫となる者は、さらにおぞましきものを見るだろう。

出典元:宮崎駿監督「風の谷のナウシカ」トップクラフト

このセリフは、クシャナの名言として有名でしょう。

ところがですね、このクシャナの設定は映画版だけです。

実は原作漫画版ではクシャナは手足ともにきちんと付いています。

マントと鎧を外している場面もありますが、スラッとした手足を晒しています。

つまりクシャナの体は五体満足なのです。

鎧マント姿のイメージの強いクシャナですが、それを纏っていないクシャナはスッキリしています。

このスッキリしたクシャン殿下もなかなか良いものでございます。

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原作漫画版のクシャナはかっこいい!

さて、映画版と原作漫画版ではクシャナが『手足がない・ある』ということでしたが、映画と漫画の違いはそれだけではありあせん。

上でも少し書きましたが、キャラクターの性格が全然違います。

漫画版のクシャナ殿下は映画版よりも遥かに人間的に優れています。

原作の殿下はとにかく器の大きい素晴らしいお方なのです。

冷静沈着でどんなことがあっても慌てず騒がず、自分に否がある時は素直にそれを認め、またどうしようもない時は運命をそのまま受け止める人なのです。

非常に頭の切れ、戦闘における戦術や指揮など的確で、部下もクシャナ殿下を大いに信頼しています。

常に冷静で部下に支持を出すその姿は本当に頼もしいものであります。

カリスマのかたまりと言っても良いでしょう。

つまりですね、原作漫画版でのクシャナ殿下は非常にかっこいいキャラだということなのです。

クシャナ的なかっこよさを持った女キャラは宮崎作品では他にいないのではないかと僕は思っています。

しかし非常に残念ながら、僕の拙い言葉ではクシャナ殿下のかっこよさを完璧に語ることは出来ません。

原作版のクシャナが気になる方は、ぜひとも原作漫画版を御覧くださいませ。
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織田信長の如く残酷さを兼ね備えたクシャナ殿下

そんな漫画版のクシャナですが欠点もあります。

温情に欠けているところです。

クシャナは味方に対しては非常に優しいのですが、味方以外に対してはまったく容赦ないのです。(あえて『敵』ではなく『味方以外』としました)

例えば次のようなセリフです。

今のわたしには 2000の部下の生命以外 捕虜もドレイもどうでもいいのだ

出典元:宮崎駿著「風の谷のナウシカ2巻」徳間書店、所収

クシャナは味方であれば心強いですが、味方以外に対しては情け容赦ないのです。

アスベル曰く、ペジテを壊滅させる際、非戦闘員の女子供の生命も容赦なく奪ったとのことです。

つまり、クシャナ殿下は残酷な人なのです。

優れた戦略を考えられるということは、残酷であるということだと僕は思います。

その残酷さは織田信長的であると僕は思います。

織田信長はかなり残酷な行為をしていた人物でしたが、けして野蛮人というわけではなく極めて優れた戦略家であると言われています。

優れた戦略家は時として残酷さも必要なのかもしれません。

もちろんその当時の時代背景の影響もあるでしょうが、、、。

さて、温情さに欠けるクシャナ殿下。

しかし僕はそうした欠点もクシャナ殿下の魅力でもあると僕は思っています。

というのも.欠点がある方がキャラクターは魅力的に見えると感じてるからです。

物語に登場するキャラクターというのは、そういうものではないでしょうか?

完璧でないからこそ面白いのです。

その事については、以下の記事で書いています。
⇓    ⇓    ⇓
『ナウシカは美人でかわいいけど・・・人気ジブリヒロインへの僕の思い』

また別の記事でも書こうと思いますが、トルメキアの内部も大変な環境なのです。

内部で色々な勢力が揉めているからです。

権力争いというやつですね。

王位継承候補者であるクシャナはトルメキアの他の勢力から生命を狙われています。

ネタバレしますと、実はクロトワもクシャナの生命を狙う刺客だったわけです。

しかしクシャナはそれをとっくに見抜いており、クロトワを泳がせていたわけです。
(こうしたとこころにも殿下の頭脳明晰さ感じますね)

そんなわけですから、クシャナも残酷でないと、生きていけなかったとも考えられます。

事実、クシャナは幼少期に毒をもられそうになりました。

クシャナの母が身代わりになって助かったのです。

敵に情けをかけているようでは足元をすくわれることでしょう。

クシャナの残酷さは、こういったトルメキアの内部事情も関わっていると僕は思います。

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剣術の腕前が異常にすごい!

さて、ここまで漫画版のクシャナ殿下のかっこよさについて書いてきていますが、殿下のすごい所はその器の大きな人間性やカリスマ性、部下を動かす指揮能力や本質を見抜く頭のキレの良さだけではありません。

クシャナ殿下の大きな特徴は剣術の腕前がとんでもなくすごいところです。

殿下の剣術の凄さは劇中では披露する機会は少ないです。

クシャナ殿下は基本的には部下に対して指示を与える事に徹しているわけです。

ですが、まれに見せる剣術が凄まじいのです。

この凄まじい腕前をあえて見せびらかさない所が殿下の素晴らしいところなのです。

『能ある鷹は爪を隠す』ということわざは、まさにこのことでしょう。

クシャナの剣術の凄さが分かるエピソードを1つ紹介しましょう。

殿下はセラミック製の剣で王蟲の殻の剣を真っ二つに砕きます。

王蟲の殻から削り出して出来た剣の強度はかなりのもので、セラミック装甲を貫くほどです。

クシャナ殿下はそれを真っ二つにぶった切るのです。

これはとんでもない剣術能力でしょう。

単に力任せに奮っただけでは強度的に劣るセラミック刀の方が砕けるからです。

力任せではなく、剣を振るう角度やスピード、タイミングなどを極めて正確に調整しなければ王蟲の剣をぶった切るなど出来ないでしょうから。

クシャナは強度的に劣るセラミック刀でナウシカの持つ王蟲の剣を一瞬でぶった切りました。

では、そのシーンのセリフを載せてみます。

クシャナ
「それにしても見事な剣さばき その剣見せてくれぬか

噂にきく蟲の皮の剣とはこれか・・・ セラミック刀よりかるいな・・・・・・」

出典元:宮崎駿著「風の谷のナウシカ1巻」徳間書店、所収

ナウシカから王蟲の剣を受け取り、まじまじと見るクシャナ。

次の瞬間クシャナはその王蟲の剣を放り投げ、不敵な笑みを浮かべながらセラミック刀で王蟲の剣を真っ二つにぶった切ります。

そしてその後、

クシャナ
「ナウシカとやら また会えるかな」

ナウシカ
「戦場でいずれ・・・・・・」

クシャナ
「ハハハ小気味よい返事だ さらば!!」

出典元:宮崎駿著「風の谷のナウシカ1巻」徳間書店、所収

と言う感じでクシャナ殿下はナウシカの前から去っていきます。

いやぁ、この余裕な感じ素晴らしいですね。

さすがクシャナ殿下です。

クシャナはこのように優れた剣術を持っていますが、しかし人前ではその剣さばきを殆ど披露すること無く、基本的に部下への指揮をしています。

繰り返しになりますが、まさに『能ある鷹は爪隠す』と言えるでしょう。

クシャナ殿下の剣術が遺憾なく発揮されるのは漫画5巻です。

クシャナは土鬼の神聖皇帝ナムリスに捕らえられますが、スキを突いてナムリスの部下の集団をそのすさまじい剣術で一瞬でなぎ倒していきます。

その様は見ていて非常に爽快です。

鬼じゃあ!!

出典元:宮崎駿著「風の谷のナウシカ5巻」徳間書店、所収

クシャナの恐るべき強さに恐れをなして逃げるナムリスの部下たち。

その圧倒的な強さはまさに鬼のようです。

「さすがはクシャナ殿下、素晴らしい剣さばきでございます。」・・・・・と思わず言いたくなる場面です。

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映画版クシャナは原作漫画版の劣化キャラ!

さて、ここまで原作漫画版のクシャナについて書いてきました。

少しだけのつもりが、かなり書いてしまいました。

このように原作漫画版のクシャナは大変魅力的なキャラクターなのです。

ところがどういうわけか映画版『風の谷のナウシカ』ではクシャナは無能で小心者のようなキャラにされています。

それはいったいどうしてなのでしょう?

原作漫画版のクシャナ殿下を素晴らしいと思う僕からすると、あまりにもひどい仕打ちだと思えてなりません。

僕は先ほど『物語のキャラクターは完璧でないほうが面白い』と書きましたが、映画版のクシャナに関しては、その限度を超えていると言わざる得ません。

『ドラえもん』という物語においては、のび太くんはダメ人間ですが、それが『ドラえもん』の魅力であります。

しかし『風の谷のナウシカ』において、クシャナがのび太くん化してしまうというのは、はたして相応しいといえるでしょうか?

別の例えで言いますと、『もののけ姫』においてアシタカがのび太くん化して見るに耐えられるでしょうか?

或いはエボシ御前がのび太くん化して魅力的でしょうか?

少々極端な例え方をしましたが、映画版『ナウシカ』におけるクシャナ殿下は、つまりこういうことなのです。

さすがにのび太くん化したクシャナ殿下は少々見るに堪えないと言いたいところです。

まあそれでも、映画版のクシャナには映画版なりの魅力があるとは思えます。

映画は映画なりの良い味は出していると思います。

しかしそれは映画版『ナウシカ』しか知らない場合に限りましょう。

原作漫画版のクシャナの素晴らしさを知ってしまったからには、「映画版のクシャナなんてクシャナじゃない!!」と言いたくなるほど劣化版クシャナと感じてしまうのです。

こう思っているのは僕だけではないはずです。

クシャナの性格だけではありません。

なぜクシャナは映画版では腕や足が義手・義足になっているのでしょう。

これではクシャナ殿下の得意の剣術が使えないではありませんか・・・・・。
(義手は左手でのため、剣は持てるでしょうが左右のバランスが取れないため、精度は遥かに落ちるでしょう。もっとも足も義足ですから剣を扱える状態ではないでしょうが・・・)

クシャナ殿下の最大の魅力である『能ある鷹は爪隠す』までも、映画版では奪われてしまったのです。

クシャナの性格を愚かで無能にしただけでは飽き足らず、腕や足まで奪ってしまうとは、なかなかひどい扱いです。(と、クシャナファンの僕はそう思ってしまいます)

なぜ映画版ではクシャナはこのようにな扱いにされているのでしょう?

今回、そのことについて書こうと思ったのですが、ここまで思ったよりも長くなってしまったので、その点に関しては別の記事で書いていきますね。

映画版のクシャナが残念なキャラに成り果てた理由についての個人的な考察記事を書きました。
⇓    ⇓    ⇓
『ナウシカ原作漫画で魅力的なクシャナ殿下が映画では残念美人の理由』

クシャナ関連の記事は以下でまとめています。
⇓    ⇓    ⇓
『クシャナは魅力的でかっこいい!原作漫画版ナウシカの殿下のまとめ』

『風の谷のナウシカ』の他の記事は以下から御覧ください。
⇓    ⇓    ⇓
『スタジオジブリ宮崎駿作品『風の谷のナウシカ』まとめ』

他のスタジオジブリ作品については以下のバナーからどうぞ。

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