ポニョの僕の評価『意味が分からない!けどリサのセリフに感動!』

『崖の上のポニョ』。

この作品はスタジオジブリの宮崎駿作品の9作目にあたります。

基本的に宮崎駿作品には必ず少女が主要キャラクターとして登場します。

『風の谷のナウシカから』『もののけ姫』までは、基本的に登場する少女は花も恥らう乙女であるほどの美少女たちでした。

しかし『もののけ姫』以降、『千と千尋の神隠し』では千尋は美少女としてではなく所謂ごく普通の女の子として描かれ、『ハウルの動く城』ではソフィーは初っ端から90歳の老婆に変身してしまい、この『崖の上のポニョ』に至ってはポニョは人間ですらない、などなどこれまでの宮崎作品の少女キャラとは変化してきているのが興味深い点だと思っています。

(宮崎アニメのヒロインたちについては『スタジオジブリ宮崎駿アニメ作品のヒロインまとめ』の記事を御覧ください。)

しかもこの作品の主人公そうすけは5歳です。一緒にいるポニョの年齢は不明ですが、人間に変身した姿からすると5歳くらいでしょう。

宮崎作品の男女のカップリングとしても最年少ということになります。

また、アニメの絵の雰囲気が絵本的な感じで描かれていて、これまでの宮崎作品と雰囲気がだいぶ違って感じます。

さて、前置きはこのくらいにして、今回は『崖の上のポニョ』関しての僕の評価や、感じてることを書いていこうと思います。

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『ポニョ』の評価。意味がわからない

さて、僕が『ポニョ』について、僕の評価を偽り無く正直に言います。

「意味がわからない!!」

「この映画の感想は?」と聞かれたら、まずこの一言につきますね。。

もし「この映画はどんなストーリーなのですか?」と聞かれたとしたら、その答えに非常に困ります。

なんせどんな映画だったのか、見た僕自身もよく分からないからです。

でも厄介なのは『ポニョ』は『わからない』映画なのですけど、『わからない』の一言で片付けるのは、それはそれで違う気も僕はするんですよね。

うーん、なんと言い表せばよいか、難しいです・・。

『意味がわからない』と言っても、「つまらない」というわけではないんですよね。

わからないなりにもこの作品から感じることがあります。

それは不気味さです。

独特な雰囲気を醸し出す絵

例えばアニメの絵です。

アニメの絵は絵本的な雰囲気なのですが、何というか独特なある種の暗さを含んでるように僕には思えるんです。

出典元:「ENS-300-263 崖の上のポニョ ポンポン船が行く 300ピース

一見ほのぼのとした感じなのですが、何というか異様な雰囲気を『ポニョ』のアニメの絵から感じます。

色は明るいんですが、妙な暗さを含んでるように見える、、といえばよいのでしょうか・・。

それを顕著に感じたのが、台風の中でリサがそうすけを連れて車で猛スピードで家まで向かうシーンです。

海が荒れ、たくさんの船が波に飲み込まれ、その波がリサたちが乗る車をも飲み込もうとしているのですが、その波がすごく単純な感じのイラストで描かれている所に非常に不気味さを感じました。

そうすけは風で煽られてその単純なイラストの波に飲み込まれそうになります。

ヒヤッとしました。

波に飲み込まれたらまず助からないでしょう。

間一髪でリサに救われたわけですが、そうすけの命を脅かす波が単純なイラストで描かれている事に、なんとも言えない居心地の悪さを感じてしまいました。

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緊急事態でなぜ楽しそうにしてる??・・・・

あと、街が水没した後の街の住人の描写にも薄気味悪さを感じましたね。

特に赤ちゃん連れの夫婦に対してそのように思いました。

ポニョとそうすけがリサを探しに舟で移動する途中、赤ちゃんを連れた夫婦と出会うわけですが、その夫婦の妙な落ち着きように強烈な違和感を感じました。

まるでピクニックにでも来たかのような感じで、そうすけたちと会話を交わす夫婦たちの様子。

街の水没なんかどうでも良いかのように、のほほんとまったりした感じでいる彼らに対しては、とにかく怖さしか感じませんでした。

「いやいや、この緊急事態になにのんきにしてるの!」という突っ込みを入れたいけど入れられない、という感じでしょうか。。

余談ですが、この夫人は次回作『風立ちぬ』の菜穂子に似てるな、と感じました。

出典元:楽天市場「108ピース ジグソーパズル 風立ちぬ 里見菜穂子 (18.2×25.7cm)

『風立ちぬ』の菜穂子に関しては『風立ちぬの二郎と結婚した菜穂子がいい女でかわいいと僕が思う理由』の記事を御覧ください。

不気味なだけでなく、何かがあるように感じる『ポニョ』

こんな感じで不気味さを『崖の上のポニョ』から感じたわけですが、いやしかしこの映画をだだ『不気味な映画でした!』というのも何か違う気がするのです。

不気味でありながらも、何かあるようにも思えるのです。

でも結局はよくわからないのですよね。

街が水没するわけですから、宮崎監督は自然の脅威を描いたとも考えられます。

『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』のように、『人間はどうやったって自然には敵わないんだ』というメッセージがあるのかな?とも解釈できそうではあります。

しかし、だとするとなんでわざわざ人間になりたがるポニョなどというキャラが存在するのかが、わからなくなります。

『もののけ姫』のサンは人間でありながら『自分は人間ではなく山犬だ!』と言っていたわけですが、ポニョは魚であるのに『人間になりたい!』と望んでるわけです。

だから、考えれば考えるほどわからなくなってしまいます。

そんなわけで、この映画は評価が難しいのですよ。

わけがわからない中での唯一の光となったリサのセリフ

さて、さんざん「わからない!」「不気味だ!」などと言ってきましたが、僕はこの映画でとても感動したところがありました。

それはリサの次のセリフです。

そうすけねえ、今この家は嵐の中の灯台なの。

真っ暗な中にいる人は、みんなこの光に励まされているわ。

だから誰かがいなきゃダメ。

不思議な事がいっぱい起こってるけど、今はなぜなのかはわからない。

でもその内にわかるでしょ。

今はひまわりの人達が心配なの。

そうすけがここを守っててくれたほうが、リサの力が出るの。

大丈夫、絶対戻ってくるから。

出典元:宮崎駿監督、「崖の上のポニョ」、スタジオジブリ、2008年

このセリフは、街が謎の台風で水没した日の夜、波が鎮まってるのを見たリサが「今なら行けそうだ!」ということで、ひまわりに行こうと決意した時のものです。

そうすけはリサに着いていくことを望みますが、そんな彼に向かって言った言葉です。

常識的に考えれば、この緊急事態に子供を置いて親が離れるなんてけしからん事なのだと思います。

しかし、僕はなぜかリサのそうすけへのセリフに感動したのです。

嵐の中の灯台として、そうすけをあえて残すリサ。

街の人々の希望の光として、そしてリサ自身の励みの光として、灯台守としてのそうすけの力が不可欠だと伝わってきます。

街が水没するという謎の緊急事態でも、自分の息子に人々の勇気と希望を託すために言ったリサの言葉は、不思議と見ている僕にも勇気を与えてくれたのです。

『崖の上のポニョ』のストーリーの意味のわからなさと、絵の不気味さの中、このリサの言葉が僕にとっての灯台の光のように感じられたのでした。

『崖の上のポニョ』の記事の続きは『ポニョの父フジモトが人間をやめた理由とグランマーレとの出会い』を御覧ください。

他のジブリ宮崎アニメについては『スタジオジブリを引退した宮崎駿作品まとめ!監督の復帰に期待!』の記事を御覧ください。

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