湖に沈む村?トトロの森の狭山湖の心霊現象と廃村の関係は? ②

前回の記事ではトトロの森・狭山丘陵にあります2つの大きな湖、多摩湖、狭山湖の成り立ちについて書いてきました。
前回の記事はこちら

※狭山湖に友達と訪れました。
よろしければ『トトロの森にある狭山湖を散策!狭山丘陵の巨大湖はなぜ怖いのか?』記事で書いていますので御覧ください。

少しだけ前回を振り返ります。

多摩湖、狭山湖ともに自然の湖ではなく人造湖(すなわち貯水池)だということでしたね。

その目的は増加する東京市民のための水瓶です。

まずはじめに建設したのが多摩湖(村山貯水池)でした。

狭山丘陵には南北に2つの川が流れていて、多摩湖は南側にある宅部川の渓谷を利用して作りました。

建設するのに10年以上の歳月が経ちましたが、皮肉なことに増加する東京の人口の水をまかないきれないということがわかり、さらにもう一つ人造湖を作ることになりました。

それが今の狭山湖(山口貯水池)です。

狭山湖は狭山丘陵の北側を流れる綾瀬川の渓谷を利用して作られたものです。

だから多摩湖も狭山湖も非常に距離が近いのが特徴です。

僕は最初、なんでこんな近くに2つも湖があるんだ?と思っていました。

しかし、このように成り立ちを見ていくと、なるほどなと納得できるようになりました。

少し脱線しました。

狭山湖は綾瀬川の渓谷によってできたと書きました。

しかし、建設時に問題がありました。

綾瀬川の流域には集落があったからです。

綾瀬川をせき止めて湖にしたら、流域にある集落は沈みます。

しかし、東京は水不足でピンチです。

何としてでも貯水池を作りたい。

そんな状況でした。

さて、どうしたかというと、結局悲しいことに集落を湖に沈める事に決まったのです。

勝楽寺村と山口村の一部の人々に立ち退いてもらったのです。

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犠牲になった勝楽寺村と山口村一部

綾瀬川の流域に存在した勝楽寺村と山口村の一部ですが、282戸、1720人が住んでいました。

けして少ない人数では無いです。

狭山湖により犠牲となった勝楽寺村と山口村の集落では木綿絣の織物で栄えていたところでした。

明治30年以降、日本では木綿糸で織った木綿絣の織物が大流行していました。

勝楽寺村と山口村、つまり綾瀬川流域の集落では、木綿絣『所沢絣』を村人一丸となって生産し、東北や北陸地方をはじめ、全国に出荷するくらい人気だったそうです。

木綿絣の織物の生産と出荷によって栄えていたこの地域ですが、悲しいことにその栄は次代が進むにつれ過去の栄光となってしまいます。

人々の関心が木綿から絹織物に変わってしまったのです。

これは木綿絣の生産柄をしていた勝楽寺村と山口村にとっては大打撃です。

大流行していた所沢絣も過去の栄光となり、不況で生活が苦しい状況でした。

そんな時に舞い込んできたのが、狭山湖建設の話です。

「東京市民のための水が不足している。そのために貯水池をつくりたい。だからあなた達に
この地を立ち退いてもらいたい。」

というわけです。

「長年住んできた土地を手放すなんてとんでもない!」

そのように思う人も当然いました。

しかし、それと同時に貧しく生活が苦しい中「お金がほしい・・」という思いもありました。

ずっとここに居続けても生活が豊かになることはない・・・・

人々は土地を手放す際に受け取るお金で少しでも豊かな生活をしたいと願い、土地を手放していったそうです。

しかし、それでも長年住み慣れて親しんできた土地を手放すことはとても悲しく、そして非常に苦労したという話です。

昭和7年、勝楽寺村と山口村の一部は狭山湖(山口貯水池)の水の底に沈みました。

それまで生活を支えてきた所沢絣。

一時期は大流行し、全国に出荷していた人気の所沢絣。

所沢絣を作り出してきた機屋は村とともに湖に消え、所沢絣は完全に消滅してしまいました。

狭山湖で心霊現象?

悲しい過去がありました狭山湖。

そんな狭山湖ですが、堤体からの眺めは、都心近くであることを忘れてしまうくらい美しいものです。

その美しい景色の下に、村が沈んでいるなんて想像しにくいです。

さて、狭山湖からの景色は美しいですが、その反面、湖周辺は林が多くあります。

というかほとんど林しかありません。

夜になれば基本的に誰も歩いていないこの場所は、かなり不気味な場所だそうです。

さて、そんな夜には狭山湖近辺では心霊現象が起きるそうです。

例えば、夜の狭山湖でボートに乗った人影の目撃情報。

狭山湖は基本的に立入禁止でレジャー設備は一切置いておらず、当然ボートもありません。

なので狭山湖内に人がボートに乗っているなんてことは通常有り得ないわけです。

さて、夜の狭山湖にボートに乗った人影ですが、どういうわけか人数が増えたり減ったりするというものです。

また他の例では、狭山湖の堤体近くの道路で、ふと林を見ると人の首が見えるという話です。

ただでさえ暗く誰もいない狭山湖近辺、そんな場所、夜は何もなくてもかなり不気味だと思います。

そんな中で人の首が見えるなんて、考えただけでも恐ろしい話です。

狭山湖近辺では交通事故も多発するようで、事故死する人も結構いるようです。

昼は景色が美しい狭山湖ですが、美しいだけではなく怖い一面も併せ持っているのでしょう。

そもそも、狭山湖の下には勝楽寺村と山口村の一部が沈んでいるのです。

そこに住んでいた人々は口で簡単に説明できないほどの苦労があったわけです。

村の土地を手放すとき、様々な思いがあったはずです。

それらはネガティブな感情です。

村の人々は狭山湖完成後もネガティブな感情を狭山湖に向けていたことでしょう。

だからきっと狭山湖にはネガティブな感情がたっぷりと染み込んでいるのだと思います。

狭山湖の心霊現象は、そんなネガティブな感情が引き起こしているのではないかと僕は思ったりするのです。

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狭山湖へのアクセス

2回にわけて狭山湖について多摩湖も絡ませながら書いてきました。

狭山湖と多摩湖のアクセス方法を詳しく書かなかったので、最後に書いていきます。

さて、狭山湖と多摩湖へのアクセス方法ですが、最寄り駅は西部狭山線の西武球場前駅です。

どちらの湖にも、この駅から近いです。

この駅名を聞いて気づいたひともいるでしょう。

ちなみに狭山湖と多摩湖は西部プリンスドームの近くにあります。

西部プリンスドームは野球の試合やアイドルのライブイベントなどが行われますから、イベント時は多くの人びとが訪れます。

近くに湖があることを知らないで訪れている人も実は結構いるんじゃないかと思います。

ましてや、その湖の底には廃村が眠っているなんて考えもしないことでしょう。

さて、この西武球場前駅ですが、都心からのアクセスは2通りあります。
1つ目は池袋方面からです。

西武池袋線で西所沢駅まで行き、そこで西武狭山線に乗り換え終点の西武球場前に行く方法です。

西武池袋線には東京メトロの有楽町線や副都心線、そして東急東横線が乗り入れています。

有楽町線沿線の銀座、新富町、新木場から、また東横線の横浜方面からだと、この行き方が便利です。

もう1つは新宿方面からのアクセスです。

西武新宿線で拝島方面(西武拝島線直通)への電車に乗り、萩山駅で西武多摩湖線に乗り換え西武遊園地駅で西武山口線(レオライナー)で西武球場前駅まで行く行き方です。

こちらのアクセス方法は乗り換えが多いのでちょっと面倒ですが、個人的には西武多摩湖線と山口線の景色が好きなので載せました。

ちなみに多摩湖だけであれば西武遊園地駅からも行けます。
(狭山湖へは行けないですが・・・)

西武遊園地駅は駅名からも想像つきますが、遊園地の最寄り駅です。

遊園地の名前は『西武園ゆうえんち』です。
駅名と若干違います。

まとめ

2回ににわたって狭山湖及び多摩湖について書いてきました。

前回の記事で、僕はこれら巨大な2つの湖はどことなく不気味に感じると書きました。

それは、それほど広くない狭山丘陵内に不釣り合いなほど大きな湖が非常に近い場所に2つあるその様が、なんとなく不自然さを感じるからだということでした。

自分でもこの感覚の正体ははっきりしていません。

人が全くいない夜は当然ですが、昼間でもなんとなく不気味さを感じます。

しかし、それとは別に僕はこの2つの湖にはありがたみを感じています。

2つの湖は東京都民のための大切な水瓶として機能してきました。

人口が爆発的に増加した東京を支えるために、水は必要不可欠なものです。

我々が生きていくためには『水』絶対になくてはならない存在です。

東京の発展と人々の生活を支えてきた近代東京の水道。

それを支えてきてくれたのが多摩湖と狭山湖です。

そしてさらにその背景には、やむおえず住み慣れた土地を手放し、東京市民のために生活を犠牲にした人々がいました。

増加した東京の人口分の水をカバーするためには、何としてでも狭山湖(山口貯水池)を建設しなければなりませんでした。

そして狭山湖ができたおかげで、東京市の水が確保できたのです。

もし狭山湖が出来なかったら今頃どうなっていたか分かりません。

僕は狭山湖の底に沈んでしまった勝楽寺村や山口村の事は忘れないでいたいです。

みなさんも、時々は湖の底の村を思い出してみても良いかもしれません。

野球観戦やライブを見に西武プリンスドームに訪れるときでも良いでしょう。

あるいはとなりのトトロを見ている時でも良いでしょう。

狭山湖の底に沈んだ村のことも思い出してみてください。

狭山丘陵・トトロの森については、以下の記事もぜひ御覧ください。
『となりのトトロの舞台!埼玉の狭山丘陵『トトロの森』まとめ』

『となりのトトロ』関連の他の記事も御覧になりたい方は以下もチェックしてみてください。
『スタジオジブリ となりのトトロのまとめ』

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