水上を走る電車が実在した!千と千尋の神隠しのモデルと言われる鉄道

前回に引き続き、スタジオジブリ宮崎駿監督作品『千と千尋の神隠し』について書いていきます。

これまで書いてきた『千と千尋の神隠し』の記事は以下からどうぞ。
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『ジブリ総選挙で1位獲得!興行収入1位の千と千尋の神隠しまとめ』

前回話題にしたのはストーリー後半で千尋たちが乗る電車でした。
前回の記事はこちらです

出典元:楽天市場「108ピース ジグソーパズル 千と千尋の神隠し 海原鉄道(18.2×25.7cm)

今回の記事でもその電車=海原電鉄について書いていきたいと思います。

水の上を走る名古屋鉄道

さて、前回の記事では千と千尋の神隠しの海原電鉄のモデルは名古屋鉄道ではないかということでしたが、その所以は海原電鉄の車両が名鉄3400系に似ているからだという事でした。

出典元:楽天市場「MICROACEマイクロエースA1055名鉄3400系スカーレット 改良品4両セット

確かに名鉄3400系は海原電鉄の車両と似ています。



出典元:楽天市場「1/150 千と千尋の神隠し 銭婆の家と海原電鉄 MK07-07

しかし、モデルとなったと言われる根拠は車両だけではありません。

実は、信じられないことに、名鉄はその昔に水上の上を電車が走っていたのです。

千と千尋の海原電鉄はその名の通り水上を走っていますが、なんと名鉄も水上を電車が走っていた時期がありました。

水の上を走っているのは名鉄の常滑線という線になります。

は?なんで電車が水の上を走ってるの???、、というふうに感じるかと思います。

水の上を線路を通すなんてことは、危険極まりないので、普通はありえません。

電車は水に弱く、例えば大雨で線路が浸水した場合は運休になりますから・・・・。

なので、水の上を走る名鉄は極めて珍しいものとなります。

そしてその珍しい姿はまるで千と千尋の海原電鉄そのものです。

しかし一体なぜ、名鉄は水の上を走っていたのか?

それについてこれから書いていきます。

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伊勢湾台風

水の上を走る名鉄常滑線。

先程も書きましたが、こんな水面すれすれを電車が走るなんてことは、安全面から考えてまずありえません。

しかしそんなありえない事が起こっていたのにはある事情があったのです。

名鉄常滑線が水上を走ることになったのには、昭和34年の9月に起きた伊勢湾台風が関係しています。

伊勢湾台風は日本災害史場最大の被害をもたらした台風で、全国的に被害を被ったのでした。

台風の上陸は和歌山県の潮岬で、特に被害が甚大だったのが愛知県や三重県といった伊勢湾沿岸地域でした。

そのため、伊勢湾台風と呼ばれました。

伊勢湾沿岸の地域は堤防破壊により、街は冠水するというとんでもない事になっていました。

このブログで紹介している名古屋鉄道も同様に冠水被害を被っています。

ところが、名古屋鉄道は冠水部分も含め、わずか2か月で復旧したというのですから驚きです。

その中でも知多半島西部を走る名古屋鉄道の常滑線は、完全復旧までの間、冠水した街の上に水面ギリギリの位置に仮設線路を作り、その上に電車を走らし営業運転していたとのことですから驚くべきことです。

この水面ギリギリの仮設線路を走る電車こそが、水の上を走る名古屋鉄道のことになります。

水面ギリギリに仮設線路を作り、電車を営業運転することなど恐らく今では考えられません。

かなり急場凌ぎの作りだったでしょうし、安全面から考えてもかなり危険なことだったと思います。

強行突破という感じです。

しかし、この強行突破をせねばならぬほどの状況だったのでしょう。

冠水した地域の移動手段として、水の上を走る名鉄常滑線が住民の重要な足となっていたはずです。

台風被害により、名古屋方面への移動手段が遮断されていた名古屋鉄道の常滑線や河和線は常に超満員状態で、文字通り溢れんばかりの人を乗せていました。

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名古屋鉄道は台風被害の地域の人々にとって重要な存在だったことが分かります。

冠水により自分の住む町が沈んでしまった人々。

その精神的ショックは計り知れません。

そんな中、水上を走る名鉄の電車の姿に勇気付けられる人も多くいたことです。

家や田んぼなどを失った人々にとって、名鉄は恐らく希望の光だったに違いありません。

台風被害にも負けず、人々を乗せ水上走る電車の姿は、恐らく誰が見ても感動するのではないかと思います。

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鉄道と地域住民

現在では、鉄道と言えば多くの人が単なる移動手段にすぎないでしょう。

都心では特にそうだと思います。

しかし、一昔前までは鉄道は地域住民ともっと密接な関係にあったと僕は思うのです。

例えば、今はなき東急玉川線。(現在の田園都市線の路面電車時代。東急多摩川線とは全くの別物。)

東急玉川線は路面電車で国道246号線の上を走っていたのですが、そこにはちょっと変わったデザインの車両が走っていました。

デハ200形という車両です。

出典元:楽天市場「■▽ モデモ (NT139) 東急たまでん デハ200形 ”連結2人のり 後期型”

名鉄3400系同様、こちらも芋虫のような姿をシているのですが、正面から見ためが愛嬌のある顔をしているのが特徴です。

近隣住民はデハ200形に対しとか『ペコちゃん』、『タルゴくん』と愛称をつけていてこの車両に親しみを持ってたようです。

鉄道と人々の距離が近かった証拠だと思いますよ。

最近では車両に愛称をつける人なんて、鉄道マニアくらいでしょう。

逆に言えば、それだけ便利な時代になったとも言えると思います。

特に意識しなくても、ホームに立てば電車はいつでもやってくる時代です。

それに車両よりも、手元のスマホの方が気になる時代でしょう。

鉄道と人々のあり方は今後どのようになっていくのか、見守っていきたいと思います。

映画にあえて登場させた電車

今では電車は移動手段のツールの一つにすぎないと上では書きました。

しかし、千と千尋の中に登場する電車はそんなものではありません。

人が透けていたり片側運転しかされていなかったりと謎が多いです。
謎だけではありません。

あの電車は千尋たちにとっては、とても大事なある意味、命綱とも言える存在だったと思います。

ハクの命を救うため、千尋たちが銭婆のとこに行く唯一の手段があの電車です。

だからこそ、映画を見ている側にとってもあの電車は記憶に残るものだと思います。

海原電鉄は謎が多くある種の不気味さを持っていますが、それと同時にどことなく温もりも感じます。

電車に乗っている千尋たちを見ていると、まるで電車が銭婆のところへ向かう千尋たちを包み込んでいるかのようにも思えるのです。

不安でいっぱいの千尋。

その不安を和らげているように思えるのです。

僕は初めて『千と千尋の神隠し』を見たとき、千尋たちが乗るあの電車を見ていて、不思議な安心感を感じましたね。

今では便利さとスピードの追求されている鉄道ですが、本来鉄道とは温もりのあるものだったと思います。

宮崎監督は人々に電車の温もりを思い出させるために、あえて映画で電車を登場させたのかなと僕は想像しています。


『千と千尋の神隠し』の他の記事は以下から御覧ください。
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『ジブリ総選挙で1位獲得!興行収入1位の千と千尋の神隠しまとめ』

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